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天職に巡り合う!!

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「続けることよりやめないこと」をモットーに
福岡・東京で健康をつくるための歩き方レッスンを
開催しています、骨盤腸整ウォーキングの山﨑美歩呼です。

私がなぜウォーキングの専門家になったのか・・

例えば、若い頃モデルをしてたとか、 何かのインストラクターをしていたわけでも何でもない私がなぜウォーキング講師になったのか・・・
ということをいろいろな方に聞かれるので
今日はそのことについて赤裸々でも何でもありませんが書かせていただきます。



どこまで遡るか問題ですが・・
この際、生まれた時からにしますね。

昭和40年4月19日 山口県下関市で生まれました。
その後 父の転勤で尼崎・西宮・下関・広島・福岡と転々としました。  
昭和61年4月  銀行に就職
平成6年10月  結婚退職 (将来の伴侶は近場で調達!とばかりに同じ職場で見つけました。6歳年上の夫です。)


その後専業主婦として家事と育児に勤しむ日々。

その頃の私は夫の退職金や年金をあてにする、他力本願な非力な可愛い(ところどころいらない情報も入ります。)
主婦でした。

ですので夫にはきちんと保険に入ってもらい 定年後もゆるりと仕事をしてほしいな・・・と思っていました。

専業主婦だった30代
手に職もなければ 特技もない私でしたが
何の根拠もなく
「いつか私は自分で仕事をするから いつか扶養に入れてあげるから、今は頑張って働いてね。」と事あるごとに夫にいっておりました。
私が言ったことは何一つ覚えてくれない夫も 
この言葉だけはしっかりと覚えているようです。



それから10年、時々パートをするくらいで のらりくらり過ごしていた私は40代になりどんどん太り始めました。
(主婦の特権 ランチ巡りをしまくっていましたから・・)

ジムにも行きました。 
福岡では有名な大濠公園も毎日歩きました。
食事制限もしました。
バナナ、納豆、豆乳・・・などなど
〇〇ダイエットと言われる数々のダイエットもしました。
(テレビで紹介された食材が次の日スーパーの棚から消えるという事件に加担していました。)



しかし何をやっても痩せませんでした。



大濠公園を歩いたのも歩き方は気にせず歩数と時間だけを目標にしていたので 日焼けしただけでした・・(チーン)

食事を減らしたり カロリーを減らすことで
一旦は体重が減っても筋肉も減っているので 
食事を元に戻したらエネルギーを作る能力が落ちているので当然太ります。
それを繰り返すことで何をやっても痩せなくなるのです。

「ダイエット難民のリバウンド地獄」
に陥った時代です。

そして最後の手段とばかりに始めたフットサルで度々怪我をするようになり、これでは大好きなスポーツができなくなるのは嫌だ!と体の仕組みから学びたい!と

平成23年
46歳でスポーツインストラクター養成校へ行き
そこでウォーキングと出会いました。

驚いたことに 体の部位を意識する歩き方に変えるだけ
どんどん痩せ始めたのです。
それだけなく
骨盤周りが引き締まり 
お尻が上がり 
足が細くなった
便秘解消
肌が荒れなり
メンタルまで変わり
いろいろなことにチャレンジしたくなってきたのです。

平成24年から 本格的にウォーキングを教え始め、
平成24年11月  ウォーキングを極めるため骨盤矯正と小顔矯正の先生に弟子入りし、ウォーキングと並行してセラピストとしても仕事をするようになりました。    

平成27年12月  骨盤矯正の知識とウォーキングの技術を合わせた骨盤腸整ウォーキングのメソッドを考案し、3年前、50歳で一般社団法人日本姿勢改善ウォーキング協会設立  現在に至ります。



なぜ 骨盤と小顔矯正の技術を身につけるだけでなく、
骨盤腸整ウォーキングのメソッドを作ったのか・・
については次回お話しさせていただきます



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